Top >  薬害C型肝炎

薬害C型肝炎一覧

薬害C型肝炎の訴訟問題について

:::薬害C型肝炎の訴訟問題について:::            

  薬害C型肝炎の被害者の方たちが薬害の責任を認めてもらおうと
 立ち上がったのは、約5年前。国と製薬会社を相手に立ち上がりまし
 た。

  今から約40年も前から25年間もの間、ウイルスに侵された血液製
 剤を投与されてC型肝炎になった方達です。
 「どうして今になって?」と思うでしょう。実は、C型肝炎というのは、と
 ても長い年月をかけて症状をあらわすのです。C型肝炎になると、治
 療に専念しなければならない期間があり、仕事を休まなくてはいけま
 せん。また、インターフェロンの副作用による体調不良で、仕事を辞め
 る方もいらっしゃいます。治療費はとても高額で、高額医療費で戻って
 くるとはいえ、度重なる治療の負担に、途中で治療を断念せざるを得
 ないのも納得がいきます。

  今回の訴訟に関わっている方達は、先に述べた血液製剤のフィブリ
 ノゲン製剤という止血剤を投与されてC型肝炎を発症されています。
 このフィブリノゲン製剤を、製造販売した製薬会社の責任、そしてこの
 製造を承認した国の責任が問われたのが今回の訴訟問題です。

  辛い状況で戦ってきた甲斐があり、2008年1月11日、薬害肝炎
 救済法が成立しました。
 とはいえ、いろいろな条件があるので、まだまだ全てのC型肝炎の患
 者さんが喜べるような内容ではありません。さらには、原告側に自分が
 適合するのかどうかさえ、判断するのが難しいようです。
 薬害C型肝炎の訴訟問題は、まだまだ始まったばかりなのかも知れま
 せん。

薬害C型肝炎の被害対象について

:::薬害C型肝炎の被害対象について:::             

  およそ350万人ものウイルス性肝炎患者がいるにも関わらず、薬
 害肝炎救済法の対象になるのは約1000人になると言われていま
 す。ウイルスに汚染された血液製剤のために、C型肝炎になった患者
 さんは1万人以上いると言うのに、どうして1000人なのでしょうか?

  これには、理由があります。
 薬害C型肝炎の被害者であると証明ができなければ、被害者として
 国に認めてもらえないからです。 医療機関では、カルテは約5年間
 の保管が義務付けられています。5年以上前にフィブリノゲン製剤を
 投与された患者さんは、もしかしたらカルテが保管されていないかも
 しれません。
  カルテがなければ、証拠がないも同然と思いませんか?カルテ以外
 の証明は、どのような方法があるのでしょうか。
  可能性として、カルテ以外の医療記録や医師・看護師の証言を得る
 ことです。医師に迷惑がかかるのではないかと思ってしまいますが、
 今回の訴訟は医師を訴えるものではありませんから、安心してくださ
 いね。

    また、フィブリノゲン製剤を納品されていた医療機関のリストが厚生
 省から公表されました。全国の新聞に折込みで、広報を配布された
 ので、ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。これによって、厚生省の
 電話相談窓口は、電話がひっきりなしにかかっているのだそうです。
 出産や手術で、大量の出血をして、フィブリノゲン製剤を使われたの
 ではないかと思われる方は、医療機関に問い合わせてみてはいかが
 でしょう。
 さらには、C型肝炎の検査を受けることをおすすめします。

薬害C型肝炎訴訟の提訴について

:::薬害C型肝炎訴訟の提訴について:::            

  ついに医師が立ち上がりました。
 薬害C型肝炎の訴訟問題で薬害肝炎救済法が成立したのを受け、
 医師が提訴を決めたのです。
 提訴するのは、諏訪郡下諏訪町の諏訪マタニティークリニックの院長
 です。1987年に、患者にフィブリノゲンを投与したことがあるというこ
 とで、クリニックに保管していたカルテを検証したところ、19人に投与
 していたことが判明しました。
 該当者に検査を行ったところ、2人がC型肝炎に感染していたと言い
 ます。さらには、6人がすでにC型肝炎を発症しており、治療を受けて
 いたと言います。院長は、この8人の救済を求めるために、提訴の手
 続きを取る決断をしたのです。救済法の対象となるには、血液製剤
 を投与されたという証明がないとできないのですが、今回のケースは
 まさに心強い証言者となることでしょう。

  また、これを機に提訴する病院も増えるのではないでしょうか?
 今回のように、5年以上も前のカルテが残っている病院は、多くない
 と思います。しかし、医師や看護士の証言があれば、有効となるの
 です。なかには、証言を求めて、あちらこちらの病院に連絡を取って
 いる患者さんもいらっしゃいます。なかなか思うようにはいかない方
 も多く、証言をとる方法が他に無いのか厚生省や病院への問い合わ
 せは殺到していると言います。

  それにしても、証拠が無ければ救済法の対象にならないというのは、
 いかがなものでしょう?一人でも多くのC型肝炎患者さんが救われる
 ことを願わずにはいられません。

薬害C型肝炎訴訟の道のり

:::薬害C型肝炎訴訟の道のり:::                        

  薬害C型肝炎訴訟について、見てみましょう。
 血液製剤フィブリノゲンによって、C型肝炎になった方達が、「薬害肝炎
 被害者の会」を結成したのは、2002年9月のことでした。
 事の発端は、2000年8月24日に行われた薬害根絶デーでの、男子
 学生の訴えでした。自分はC型肝炎であるということを大勢の前で発
 表し、薬害問題はエイズ以 外にもあることを訴えたのです。
 この青年の発言に勇気付けられた被害者20人が、「薬害肝炎被害者
 の会」を結成します。そして、そのうち16人が2002年10月21日に
 東京と大阪の両地裁に集団提訴をしました。
 これが、今回の薬害C型肝炎訴訟の始まりです。

  被害者の方達は、その後 問題解決への支援を求めて、さまざまな
 国会議員と懇談します。時には、行進をしたり、集会を開いてC型肝炎
 の恐ろしさを訴えてきました。
 この運動を通して、いくつか新たに分かった事実も出てきました。
 国も、製薬会社も危険を知っていたということ、副作用の報告書が破
 棄されていたこと、製薬会社からの感染者リストが地下倉庫に置き去
 りだったこと・・・
 これらの事実が分かっても、なかなか良い方向へ話が進まない日々。
 おそらくこれらのニュースを見て、政府に不信感を抱いた国民も少な
 くないことでしょう。

  2002年に始まった訴訟問題がようやく光が見えたのが、2007年
 12月25日。原告の方達がようやく福田首相と面会することができた
 のです。会を結成してから約5年も経っていました。
 そして、2008年1月15日、国との和解が成立しました。

  治療を続けながらの活動は、想像もつかないほどとても辛いもので
 あっただろうと思います。
 もちろん、国と和解したからといって終わったわけではありません。
 まだ救済を求めている人たちはたくさんいらっしゃいますから、これか
 らも活動を続けていかなくてはいけません。
 しかしながら、原告団の方達の活動は多くのC型肝炎患者にとって、
 励みになったことでしょう。

スポンサードリンク